Hello!

こんにちわ!demiです。2匹の見える・触れるわんこアミ&サンテと、魂になったビブとアメリカ東海岸に暮らしております。 2005年に14年続いた結婚にピリオドを打ち、一人で一から立ち上げた自営業を切り回しながら、一人+2匹の子供達との生活を送る日々。

’95に初渡米した際、前夫マイクの愛犬だったビブと初対面。この頃、わんこ=ドックフードと信じていたし、玉ねぎを食べさせてはいけないことすら知りませんでした。ロブスター山盛り (ここでは安い)をビブ豪華ディナー♪として進呈したら“ありがとうございます・・でも申し訳ないけど食べられません・・・”と非常にすまなさそうな顔で辞退されました。何故??その後 わんこには海老・蟹などを消化できる酵素が無い、もしくは非常に少ないことを突き止めて、食べなかったのには理由があることに気がついたのです。 晴天の霹靂!なるほどの連発でした。わんこの意思表示には必ず理由があるんだ!と肝に銘じたのもこの時を境にしてです。

また森へ入る時はどんなことに気をつけなければいけないのか。東京育ちで山歩き経験のない私の目の前へ突然飛び出し、自分の身を呈してヤマアラシ(ハリネズミのお化けサイズ) の針攻撃から私を守ってくれたビブ(その後ERにて200本の針を顔面から抜く大OPに・・・・・)。そうなのです。私はビブに本当に沢山のことを教えてもらいました。

そんな彼女の指導のおかげあり今のアメリカン・ライフは居心地のよいものへ。もちろん、未だに文化の違いなどからからイライラさせられたりびっくりすることも多々ありますが ^^;

そんな2国間の文化・習慣の違いなどもエッセイ・ページにて書き綴ってみたいと思います。“へぇそうなんだぁ”というような “ココ掘れ大辞典”のようなHPにしようと考えて おりますし、みなさまと楽しく気さくにコミュニケーション出来たらいいな、とも思っております。

私は嘘もおべんちゃらも言えない本音嗜好人間ですが、どうぞよろしくお願い致します♪

 

Ami

’99,5月生まれ

アミとはフランス語の“友達”の意。それと日本生まれの彼女のために、漢字の“亜美”ともかけました。一つで二重の意味をもつ言葉、フランス語が起源の“Doulble Entendre(ダブル  アンタンドウレ)”です(言葉のかけあそび’として使われることが多くEntendreには‘意味’や‘聞こえる’等の意味があるみたい)。

我が家に仲間入りした頃から既に健康状態優れず、何だか前途多難な予感が・・・とにかく精神的に弱くそれがすぐ身体に跳ね返るタイプ。 生後6ヶ月でアメリカへ移住。成田→JFKのフライトはビブお姉ちゃまと一緒でしたが、揺れに揺れたフライト。バリケン内は大変なことに・・・しかも到着した’00年1月のJFK空港は大雪・・・この時もう2度と何があっても大変だと言わないっ!と決心したのでした。この決心、無論長くは続かなかったけど ね^^;

赤ちゃん時代に指の間の皮膚炎症(今から思えばアレルギーの走り)を経験しましたがすぐ直り、それ以来4歳半までは何の皮膚トラブルもなく非常に健康なウェスティでした (2歳で後ろ両膝膝蓋骨脱臼の手術はしたけれど)。それが大好きだったビブお姉ちゃまの最期を引き金に、5歳近くになって重度のアトピーを発症。1年後’05も未だ奮闘中。 これが私をアレルギー猛勉強に駆り立てた要因です。

アミの性格は・・・これまたユニーク(笑)。弱いんだか強いんだか・・・よく分かりません^m^でも優しいな・・・と思うのは、怒られたひと及びわんこの所へにじり寄り独特の慰め精神を見せるところ。わんこって多頭飼いだと普通は逆。巻き添えは真っ平ごめんだと、もしくわ私は潔白ですから、とその場から逃げるのが常。オモチャを何よりも愛し、食べ物&オヤツにはなびかない手ごわい面もあり大変躾がしにくい子です。プラス、依存心が強く未だに幼児期の別離不安症がまだ少し残っています。 永遠のベビーかな^^;

 

Santé

’02,1月生まれ

サンテとはフランス語の“健康”の意。乾杯をする時のフレーズのひとつ“ヴォートル・サンテ” から来ています。 この子はアメリカ生まれのアメリカ育ち。なのに焼き海苔が大好き!なんでやねん?

初代ビブ、2代目アミと健康に恵まれない子供たちが続いたため、何は無くても健康でありますように!との願いを込めて付けた名前。我が家お初の男の子です。 妹のアンバーと2匹でこの世に生を受けましたが、アンバーは1歳半の時事故で亡くなったそうです。サンテを我が家に迎えた時鏡のキャビネットに移る自分の姿を妹アンバーだと勘違いして、お尻をおっ立てて遊ぼう!のポーズをしていたのが忘れられません。アンバー・・ ・・サンテと一緒に家の子になれば良かったね。運命を変えてあげられなくてごめんね。

サンテは名前負けしないどころか・・・・とにかく“金要らず、手間要らず”の信じられない健康体!学習能力も非常に高くやっと願いが聞き入れられた感じ!しかしですね・・ ・・・・あまりに問題が少ないとついついホッパラかしになるのは人間と同じかなぁ。特にテリア、アミの弟としてはハッキリ言って気が抜けましたっ(笑)

パパっ子で静電気サンテと異名をとるほどの“ひっつき虫”。ベタベタが嫌いなママはちょっと困惑気味。パパは初めてパパを一番に慕ってくれる子にゾッコン。でもね、力関係ではママがF家一番なことをよーく理解していて 、イザとなると寝返る器用さも持ち合わせているのよ(爆)。要領の良いところはさすが末っ子だなぁ〜〜ちゃっかりしてますもん^^

でもまだ小さいのに親父犬。膝に抱いておくと24時間動きませんよ!

 

 

Bib

(2004年3月没)

享年15歳3ヶ月

ビブは英語で“よだれかけ”の意 。赤ちゃん用のあぶちゃんだけでなくレストランでロブスターを食べる時など大人にだって支給されるところから、英語でのBibのイメージは“胸当て”程度でしょうか。全身真っ黒なのに胸に白パッチがあったことから付けた名前だそうです。

マイクが独身時代に貰い受けたのですが、兄妹間の近親で生まれたため遺伝疾患の多い子でした。 最大の問題は脊椎全部の奇形。それを発端に病気のデパートのような子に。わんこのこと全く知らなかった私に徹底的な勉強の必要性を植えつけた根源であり動機でもあります。

私が渡米した’95には既に6歳近くになっており、名前を呼んでも完全無視。 何故ならば、私はスーツケースを持って来た人。彼女の経験からスーツケース=短期滞在=仲良くするには値しない人種。そんなつれない態度を大きく変えたのはある夜の雷雨。ウロウロしていたビブと 、何故だか分からないまでも一緒に一晩寝てあげたその翌日、昨日までとはうって変わった忠犬ビブ公に(笑)。その忠誠心と見返りを期待しないアン・コンディショナル・ラヴは亡くなる日まで変わることはありませんでした。

健康に恵まれなかった分信じられないほど頭のいい子で・・親が言うのもなんですが、恐らく生涯で一度巡り会えるか会えないかの子だったと思います。日本語と英語をきちんと理解できたバイリンガルであり、状況判断に優れ説明無しでも人の気持ちを正確に 把握・理解しました。1を教えれば10を知る。まさにそんな子でしたねぇ。どんな時でも心から信頼の置ける大変頼りになる娘でした。

きっと夜中にみなが寝静まったあと背中のジッパーを開け、中からため息つきながら人が出てきてるんじゃないの!と言われた彼女。’97、7月から’00の1月までを東京で過ごした経験もある国際派。 当時ビブちゃん、里見浩太郎さんに惚れられましたっけ^^

ビブ〜〜〜今でも ママの周りをウロウロしてるの感じるよ!どうせだから、いっそのこと戻っておいでよ。もう一度逢いたいよ。また一緒に暮らしたいよ!

(彼女との別れに際し、出来れば、叶うことなら生まれ変わってきて欲しい、と話しました。また出来れば次回はママより長生きしてくれる何か・・・に、と。1年では心の準備がまだ出来ていないかもしれないから、2年くらいしてからが良いかな・・とも。 そして1年10ヵ月後、絶対に無理だと思っていた(日本、アメリカ合わせて何十人もの産婦人科の医師から口を揃えて自然妊娠は殆ど不可能と言われたからです)妊娠を確認しました^^それが今のセリィナ・永遠(はるか)です。ビブの生まれ変わりだと信じています。この辺の詳細はいつかメニューのStudyで(場所は最初から設けてあります)書いてみたいと考えております。)

2004、2月 最期の海にて